恩田陸 『訪問者』

恩田陸は、読者を掴んで引きずり込むのが上手な人だ。

正体を隠し何事かを企む男、古い洋館に住む4人の老人、日本人離れした顔立ちの少女、黒猫。
古典的なミステリの王道のような登場人物が最初の数ページに次々に現れ、
それだけでも読者はこれから起こる事件に期待せずにはいられない。
冒頭から否応無く惹き付けられる、吸引力の高い幕開けだ。
謎は次々と沸き起こり、それぞれが不穏な空気を醸し出す。
過去の死、その謎を暴こうとした者の死、そして今現在ここにある死。
不審な手紙と次々に重なる訪問者。
けれど気をつけて欲しい、既に私たちは騙されている。
夢中になればなるほど、緻密に読めば読むほど。
謎が出尽くしたのちに現れる謎解きに、読者は登場人物と共に驚くに違いない。
物語を俯瞰して読んでいるようでありながら、私たちはいつの間にか登場人物として舞台の端に立っていたのだ。
そして物語の終わり、読者はそれまで立っていた床がかぱりと音を立てて抜けるような感覚を味わう事になる。
二重・三重になったストーリーの構造に、しかし抗わずに落ちて欲しいと思う。
恩田陸の誘導は滑らかで心地よい。

一冊のミステリとして面白いことはもちろん、
その描写力によりリアルに人物が脳内再生されるため優れた演劇を見ているかのような感覚も味わえる。
またその視界の変わり具合はさながら遊園地のアトラクションのようだ。
手のひら一冊、600円余り。
これほどコンパクトなエンターテイメントはまたとあるまい。


訪問者 (祥伝社文庫)

訪問者 (祥伝社文庫)