『聖女の救済』

聖女の救済 (文春文庫)

聖女の救済 (文春文庫)

【あらすじ】
言わずと知れた探偵ガリレオシリーズの5作目。

資産家の男が自宅で毒殺された。
毒物混入方法は不明、男から一方的に離婚を切り出されていた妻には鉄壁のアリバイがあった。
迷走する操作の最中、草薙刑事が美貌の妻に惹かれている事を察した内海刑事は、独断でガリレオこと湯川学に協力を依頼するが…
驚愕のトリックで世界を揺るがせた、東野ミステリー屈指の傑作!
(文庫版背表紙より)


【書評】
ご存知のとおり、このシリーズでは最初に犯人とその動機が判明してしまう。読者はだから、殺人がいかに為されたのかというトリックの部分と犯人を怪しむ刑事との心理戦、という二つの部分に焦点を当てて楽しむ事が出来る。
(ドラマの古畑任三郎を思い浮かべて頂くと分かり易い)
本作はしかし、「草薙刑事の恋」が刑事と犯人の心理戦に強いアクセントを加えていて、ただ単に「犯人を怪しむ」とか「追いつめられた焦り」などの犯人と刑事の間に生じがちな感情のやり取りだけでないところが魅力である。
トリックに重点を置いたミステリでは人間の心理や感情の遣り取りが相対的に軽くなってしまうものもあるが、夫婦の愛憎や草薙の微妙な心理を描ききる筆力はさすが東野圭吾だと感じた。
ストーリー展開も、中盤までは警察の捜査と推理・トリックを暴く手がかりに集中しているのだが、物語の後半で関係者や謎が一気に深まり読者の興味を離さない構造になっている。最初に引きずり込まれるというよりも、中盤以降「え、え?どうなるの?」と興味が絡めとられるのだ。湯川教授もいつも通りもったいぶって中々ヒントを与えてくれず、だから読者はいつも通りのもどかしさを楽しみながら読み進める事が出来る。
もちろんシリーズ物の醍醐味として湯川や草薙といった登場人物の変化も楽しめる。こういう楽しみは丁寧に作品を読み込んでいる人だけが得られるちょっとしたご褒美みたいなもので、本筋とは関係ないのだが、アイスの蓋の裏的な嬉しさがある(人によってはあそこが一番美味しいらしい…)。

個人的にはトリックにやや不満が残るが、その不自然さを「虚数解」という表現で理系っぽくまとめたのはさすが。
東野作品にはたまに大風呂敷(謎)を広げるだけ広げまくってオカルト的な解を与える場合もあるので(それはそれで楽しみようがあるが)、それに比べれば「ま、まあそうかな?」と納得出来るかもしれない。

今後湯川教授と草薙刑事、内海刑事がそれぞれどのように成長していくのか、またその関係性を変化させていくのかが非常に楽しみだ。